【第二章/注文服を攻略する-③仕立ての要素-3.縫製の質/縫製技術】

 

型紙通りに裁断された生地を縫い合わせて洋服にするのが縫製です。

ここで縫製CHECKシート.2(ジャケット)を見ていただくと、いかに縫製の工程が多くあるかご理解いただけると思います。

縫製の差を知り、あなたがハウスモデルを選ぶ際の材料にしてください。

 

次項での具体的な縫製CHECKシート.2の説明に入る前に、

仕立ての差がつく縫製技術を解説します。

 

それは「クセ取りの技術」と「縫い方の技術」です。

 

 

【クセ取りの技術とは?】

難しい技術で作られた洋服は人体工学的な立体になっており、体型カバー率が高いため、誰が着てもスッと体が入るような包含性の高い服です。

 

例えばイタリアの高級既製品に手仕事の多く入ったジャケットがありますが、生地の品質やブランドのステータス以前に縫製の質が高いという特徴があります。

 

そこには洋服が直線的立体なのか?湾曲的立体なのか?という数値に出ない差があるのです。

 

この平面を湾曲に変形する技術がクセ取りです

 

人体は複雑な湾曲立体なので、直線的立体の服を着た時にはその両者の差が点で体にあたり負荷となって着心地が悪く感じます。これがシワになって見えるわけですね。

逆に湾曲的立体の服を着ると両者が面と面であたるので負荷が分散され着心地が良く感じられます。

「良い服は第二の皮膚のようにしっくりくる」これを生む大事な要素です。

 

では縫製の前に、型紙そのものを湾曲させて作ればいいと思われるでしょうか?

 

多くの湾曲した型紙を縫い合わせて曲面を作る事は簡単なのですが、

クラシックな注文服は多くの型紙に分解して曲面を構成する事が許されないのです。

 

スーツの型紙をもう一度ご覧にいれます、肩線をご覧ください。

一線を縫うだけで肩の曲面を作らなければいけないのです。

普通に縫い合わせただけでは限界があるのがお分かりになると思います。

 

よって、型紙でカーブを多用してウエストなどは分かりやすく絞れたとしても、衿や肩は普通に組み立てると直線的な立体になってしまうのです。

人間の首回りや肩周りは湾曲の集合体です。

 

ですから一般にジャケット縫製の中で難易度が高い部分は「衿、肩」と言われています。

 

型紙でできる湾曲のアプローチに限界があるのです。

 

もしあなたが着ているジャケットの衿、肩にしっくりこない場合はあれば、それはおおうにして型紙で解決できる範疇を越えており縫製の問題という可能性が高いでしょう。

(まず型紙で出来る範囲はちゃんと出来ているという事を前提にして)

 

それらを解決するのが「クセ取り」という職人技術です。

 

クセ取りは生地をバイアス(縦、横でなくナナメ)方向に伸ばしたり縮めたりした後にアイロンの熱で固定します。

*経糸と緯糸は基本的に伸び縮みしませんので、動かせるのは 斜め方向です。

*羊毛繊維の特質“可塑性の高さ”は“クセ取り技術と相性抜群”です。

 

もともと四角だった形を平行四辺形に変形する事で距離の移動を行い、切り込みの入っていない生地の平面部分を湾曲させることが出来る技術です。

 

 

お気づきになった方がいるでしょうか?

そうです、これは型紙が違う形になる事と同意です。

 

・生地① 型紙と全く同じ形の生地パーツ

・生地② 型紙と違う形に変化した生地パーツ

この2つの違う形をした生地パーツが全く同じ型紙から発生するわけです。

 

よって、まったく同じ型紙で縫製をスタートしても、「クセ取り」を入れて縫うかどうかで完成形は違う立体の洋服になります。

 

ここが縫製における大きな差の一つです。

 

 特にこの前肩の曲面はクセ取りによる技術力の差が大きく出るところです。

*青い枠が直線的立体のスーツ、赤い枠が曲面的立体のスーツ。

 

ひょっとしてこう思われたでしょうか?

「それなら、全てのジャケットにクセ取りをふんだんに入れればいいじゃないか」

現実的にそうは行きません、なぜなら、

クセ取りは人の行う技術で、個体差がでやすいため生産管理からするとリスクです。また、誰でも簡単にできる技術ではなく、工程が増えるためコストアップにもなります。

リアルなモノ作りの現場においては、型紙をそのまま縫い合わせるだけで洋服が完成した方が個体差のない安定した商品になる。また、その工程を減らす事でコストダウンを狙っているわけです。

 

 *クセ取りの技術について、動画で確認したい方は↓

動画➡“後身頃縫製”の00:05~3:51の部分をご覧ください。

動画➡“上衿縫製”の26:55~28:58の部分をご覧ください。

 

 

 

【縫い方とは?】

型紙と型紙を縫って繋げる「地縫い」と生地をおさえる「ステッチ」が基本の縫い方です。

ここでは基本的な3種類の縫い方と代表的なステッチをご紹介します。

 

生地パーツを組み立てるには地縫いが必要です。よって、

 世の中の全てのスーツはこの3種類のどれかで縫い合わされています。

*総手縫いは除く。

 

あなたのスーツはどの縫い方で縫われているでしょうか?

 

【縫い方.1】

地縫いを縫ったあとにアイロンで縫い代を割って終わり。

もっともプレーンな縫い方で表から縫い糸が見えません。

メリットはスッキリした印象でスピードが早くコストを抑えられます。

 

【縫い方.2】

地縫いを縫ったあとに縫い代を片側に全て倒して、その上からもう一度縫います。繋がった線のようなミシン目が出るミシンステッチと手縫い風の点々が連なるAMF(星縫い機械の名称)ステッチがあります。

メリットは縦方向のラインを綺麗に強く作れる事、手縫いステッチよりも早く縫える事でコストは安くなり、手縫いで縫った風な印象を与える事ができます。

デメリットは縫い目の点が強く引かれるため陥没したような印象を与えます。

 

 【縫い方.3】

地縫いを縫ったあとにアイロンで縫い代を倒して、その上から手縫いで星ステッチをもう一度縫います。

メリットは縦方向のラインを綺麗に強く描ける事、柔らかく抑える事で縫い目の段差を出し陰影でメリハリを作れます。

デメリットは時間が多くかかるので高級になります。

 

 

 【代表的なステッチ】

星縫い(ピックステッチ)/点々に見える縫い方。手縫いとミシン縫いがある。ミシン縫いはAMF(機械の名称)といわれる事が多い。

ハ刺し/八の字に見えるスクイ縫い。手縫いとミシン縫いがある。

千鳥掛け/ジグザグに見えるスクイ縫い。手縫いとミシン縫いがある。

まつり縫い/表に見えないように縫う。手縫いとミシン縫いがある。

躾/生地と生地を仮止めする。手縫いとミシン縫いがある。

 

 

 【手縫いとミシン縫いの特徴】

 「手縫い」で縫うメリットは?

左手で曲面を作りながら右手で縫うといったように立体的な縫製が可能です。

また、手のさじ加減で強く引いたり甘く糸を置く様に縫ったり緩急自在に縫えます。これがフワッとした柔らかい仕上がりを生み、着用者が服を着ていくうちにより体に馴染む理由です。

また感性という点において、人間の手縫いの服は色気とオーラを纏っています。

手仕事における自然なムラが美しいのです。

デメリットは工程で多くの時間がかかるので納期が長くなり、価格が高くなります。

 

「ミシン縫い」で縫うメリットは?

力が均一でスキッとしたクリーンな印象となり、

縫い目に強度があります。スピードが早いので納期が短くなり価格が安くなります。

デメリットはテーブルの上での縫製なので服が平面的になります。また、縫い目が固くなりがちでパキッとした仕上がりになります。

 

 

 【縫製技術/クセ取りと縫い方のまとめ】

 手仕事の多く入った服はどんな服でしょう?

メリットは機械で出来ない技術と感性の部分に拘った柔らかいモノ作りができる事、

デメリットは工程と製作時間が増えて納期が長くなり価格が高価になる事。

クセ取り技術がしっかり施され手縫いの多い服は立体的で人間の暖かみを感じる服です。

 

機械工程の多く入った服はどんな服でしょう?

メリットは個体差が出にくい、手の工程をできるだけ機械化する事で製作時間を短縮し、出来る限り製作工程を減らし買い手に早く安く提供できる事。

デメリットは各パーツが固めに仕上がり、肩周りや衿が直線的で体に馴染みにくい。

ミシン縫いが多く、機械工程の多い服は均一でクリーンな印象を感じる服です。冷たい印象があるかもしれません。

 

両者の差をまとめると?

まとめると、「クセ取り」と「手縫い」この2つの手仕事がどれくらい縫製に入っているかで、機能性と趣向性と制作時間に大きな差がでます。

これが“仕立ての質と価格”が大きく変わる理由です。

 

双方にメリットデメリットがある以上、優劣をつけるモノではありません。

 

ジャケットを手縫いメインの縫製(左半身)とミシン縫いメイン(右半身)の縫製で半分づつ作り、最後にドッキングした動画を公開しています。

実際に肉眼で見て、着用しないと本当の差は分からないとは思いますが、少しでも参考になれば幸いです。

動画➡ご興味がある方は対比してご覧ください

 

 

 

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